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藤枝
人馬継立
上伝馬町での人馬継立の風景です。藤枝は室町時代末期から田中上の城下町として発展しました。慶長6年(1601)には宿駅に制定されました。宿波は木戸から西木戸まで焼く2キロにも渡りました。
本陣(2)脇本陣(0)旅籠屋(37)
名物(染飯、鮮魚料理、鮫の細工物)

Fujieda
From Okabe it was four miles to Fujieda, which is represented in the Tokaido series by a picture of the government-run warehouse that supplied horses and porters to travelers. These warehouses formed the backbone of the transportation system in the Tokugawa period. They had large scales for weighing luggage and cargo, and they provided quarters for the homeless porters, several of whom are shown here resting in various postures. The man on the platform at right is the official in charge.

品田宿から運ばれてきた荷物は、
この藤枝宿の問屋場で人足と馬が交代して、
次の岡部宿まで運ばれました。
「人馬継立」とは、宿駅事に人馬を替え、
人や荷物を引き継いで送ってゆくことです。
藤枝の図は、問屋場と呼ばれた中継所です。
荷物を引き継いで、たばこを吸ったり
背中を葺いているグループと、
受け取った荷物を担いで
出発しようとするグループに
分かれます。
中央の2人が担ぐ長持には、「保永堂」とかかれた札が見えます。手前の馬の腹掛けには、「竹内」と保永堂の主人竹内孫八の名があります。版元のコマーシャルです。

裸の人足たちを「動」とするならば、床の上の役人のおっとりとした顔立ちや物腰は「静」といえるでしょう。
広重は、一つの場面に「静」と「動」を同居させることを好みました。

黒羽織を着た役人の姿勢や手の動き。
背中を丸め、人馬の数や賃金を記録する帳付が帳面片手に働いています。
上体を乗り出す姿は職務に対する責任感を漂わせています。
床についた右手には物腰の柔らかさが。
膝の上にきちんと置いた左手には几帳面さが
感じられます。
脇役的な人物をしっかり描き、現実味を生み出すのは広重の得意技でした。
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